大衆教育社会のゆくえ―学歴主義と平等神話の戦後史 (中公新書)
「大衆教育社会のゆくえ―学歴主義と平等神話の戦後史 (中公新書)」のレビュー・感想

【資料集的な有意義さと退屈さがある】
正直、一定の興味関心があれば面白く読めるがそうでない人には、連続的に見せられる資料の山と強弱の薄い声でクールに語られるその分析は退屈と感じられ眠くなってしまうのではと思った。非常に表やグラフが多い。また副題に「戦後史」とある辺りからも何か特定の自分の思想や主張を積極的に語る形式ではなく良くも悪くも歴史書的なクールさがある事が伺えるかと思う。後半部分(4章以降)は図表は殆どなくなり、文字による教育史・教育比較のみになるので図表は眠いという人は後半だけを読んでも十分得るものがあるだろう。

【戦後、教育における「格差−能力差」の存在がいかに看過されたかを照射】
「どの子もどの科目でも100点取れるポテンシャルがある」「習熟度別クラスはできない子に差別感を与える差別教育だ」等々の日教組・全教が振り回していた妄想が一定程度の<神通力>を帯びていた時代においても、塾・予備校関係者や教育社会学の研究者の間では、学歴の階層間格差の存在とその格差が再生産されていることは常識でした。よって、本書の特徴と言うべきは次の認識ではないかと思います。
(甲)大衆教育の社会的需要と教育市場における需給の均衡
戦後の日本社会では、工業化社会に必須の人材を大量養...

【解き放たれたタブー】
教育については全ての人間が評論家となりえると良くいわれます。作者のようにしっかりと社会科学的なデータ解析をして、慎重に論を組み立てるのは、自分の経験に基づいての話しかできない評論家ではなく、ちゃんとした学者だからでしょう。政権の人気取りと御用委員の登用で教育政策を組み立てるのでは無く、このような事実にちゃんと目を向けて欲しいと思います。

【15年後から振り返って。】
本書の初版は1995年だから、既に15年近くが経過したことになる。今では、著者が本書で問題とした素朴な学歴社会批判は、あまり目にしなくなった。欧米でも学歴が(しばしば日本以上に)重要な役割を果たしていることは広く知られるようになってきたし、理想としての「実力」と現実としての「学歴」を対比して優劣を論じるようなナイーブな議論も、以前に比べ流行らなくなってきたように思う。また、能力別クラス編成や補修の実施は生徒の劣等感の助長につながるからけしからんといった奇妙な平等主義も、少なくとも教員集団の外...
Amazonで詳細を見る!